そのうちきっとそれは、ゼロになってしまうんだろう。どうしてかなんていう理由は誰にもわからない。ただその数字は、いつのまにか優しく音もなく柔らかく、ゼロへと変貌を遂げるだけである。こちらを見て光子郎が笑った。デジタルデータがすべてを動かすような世界で、わたしは、ゼロになるまいと必死に抵抗をしている。その行動にきっと意味なんてないんだけれど。(結局抵抗したってゼロになるしかないんだよ)

「何をそんなに暗い顔をしているんですか、さん」
「特に意味はないよ、なんかナイーブな気分っていうかそうそうあれ、マリッジブルー」

ふざけて言えば光子郎も困ったように笑ってから、またパソコンに気持ちを戻した。カタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。このもやもやとした気分はなんなのだろう。深い深海でもがいているような、この気持ちはなんなのだろう。はあ、とため息をついたら光子郎がもう一度こっちを見た。どうやらわたしは光子郎に心配をかけているらしい。ごめん、と呟いたら光子郎はまた困ったように笑った。ああそうか、きっとわたしは光子郎ともっとふれあいたいんだ。

「ゼロって、なんだろうね」
「無ではないでしょうね。マイナスという単位があるんですから。」
「哲学的な内容になりそうだからやめようかこの話」
「もしかしてさっきからずっとそれ考えてました?・・・頭パンクしますよ!」

いつも静かな光子郎が楽しそうに声を上げて、思いっきり笑った。わたしもつられて笑う。ゼロについて考えてたからわたしは落ち着かなかったのかもしれない。見つかる筈のない答えを追うとこんな気持ちになるのか。ああ、さっきまでの自分が馬鹿みたい。正直冒頭部分の記憶、消えないかな。恥ずかしすぎる!

「ねえ光子郎、もしわたしがゼロになったらどうする?」
さんが?・・・そうですね、そうしたらマイナスになります」
「どういうこと?」
「だからゼロで終わらせないっていう意味ですよ」

光子郎は優しくわたしにくちづけてから、また楽しそうに笑った。