「トーマってさ」 「なんだ」 「美人だよね」 「ぶっ」 ド派手に彼の口から飛び出した茶色の液体、もとい紅茶は机の上に飛び散る。しかめっ面をしてみせたら彼はすぐに謝ってきた。別に紅茶が飛び散ろうがなんだろうがかまわない。ただ彼をからかってみただけだ。変なところで素直な彼はタオルをキッチンから持ってきて丁寧に机を拭き始めた。横目で机をせっせと拭く彼を見ながら机の上の運良く被害を食らわなかったクッキーに手を伸ばす。やっぱり下手にアーモンド入ってたりするやつよりシンプルなバタークッキーがいい。ほどよい甘さの菓子はすぐに口の中で溶けた。もう一枚、手を伸ばす。 「何を突然言うんだ、大体僕は男だぞ」 「男だからって美人って言われちゃいけないの?」 「そういうわけじゃないが、僕は好かない」 「じゃあイケメンだね」 「…はぁ…」 ため息をつかれたが気にしないことにする。細かいことは気にしない主義に転向しようと思っていたので丁度良い機会だ。またクッキーを一枚手にとって口に入れる。やはりココアよりプレーンがいい。もぐもぐと口を動かしながら空っぽになったティーカップに紅茶を継ぎ足す。もちろん向かい側で眉間にシワを寄せた彼の分も。「すまないな」と言われたが、なんとなく嫌がらせしてやろうと思って紅茶をカップギリギリまで注いでやった。表面張力、と小さく言ったら頭を平手で叩かれた。地味に痛い。 「は」 「ん?」 「は、どんな男が好きなんだ」 「わたし?わたしは、そうだなあ、ええと、」 思い浮かぶのはあなただけ、なんて誰が口に出来ようか。適当に誤魔化すべきなのだろうが、生憎頭の中にぐるぐると渦巻くのは目の前で華やかに紅茶を飲む青年のみ。なんてこった、ついてない。今日に限って頭の回転が悪い。青年はうだうだと悩んでいるこちらなんて全く気にせずクッキーに手を伸ばしている。プレーンの方がおいしいよ、と溢したらそうか、と返事が返ってきた。クッキーを食べる行動すら芸術品のように美しい青年は首を傾げてからクッキーを飲み込んだ。 「確かにプレーンの方が美味いな」 「でしょ」 「で、お前の好みのタイプは」 「ずいぶん質問がストレートになったね」 「そうか?」 「そうだよ」 好みのタイプなんて聞かれても。そんなもの関係ないくらいお前が好きだと言えばどんな反応が返ってくるだろうか。そんなこと、言えやしないのだが。もやもや考えながらクッキーに手を伸ばす。もう少しでプレーンのクッキーに手が触れそう、というところで何故か青年に手を掴まれた。突然のことに動揺しそうになったが、なんとか冷静を装う。顔を上げれば鼻と鼻がぶつかりそうな距離に、青年の顔。 「はぐらかそうと思っているだろう」 「そんなこと」 「どちらでもいいが、僕は君みたいな、いや、この際いいか、…君が好きだ」 (ご丁寧にひっくり返してくれたよ) ようやく手に取れた最後の一枚のクッキーが、口の中で静かに溶けた。 |