「よくこんな世界で呼吸ができますね」

彼女は笑って言った。たぶんその言葉には深い意味があったんだと思う。でも僕はなにも触れなかった。触れていいものじゃないと、直感が叫んだからである。「そうかな」適当に返そうと出てきた言葉はそれだけだった。色を持たない冷めた言葉だと自分でもわかる。それでも彼女は表情一つ変えずに、「わたしは腐ってしまいそうです」と、淡々と言った。

(そんなことを言っても何も変わらないのに)

彼女になにがあったのかはわからない。ただ彼女はゆっくりとした言葉づかいでそう言っただけ。それにも深い意味があったはず。でも僕は触れずに視線を彼女から外した。見つめていたら涙が出そうになったんだ。悲しいとかそう言うのじゃなくて、ただ単に目が渇いただけなんだけど。

「どうしてわたしは生きてるのかな」

そんなこと言いださないでよ。君が何のために生きてるかなんて、そんな、そんな。「ダイゴさんに出会うためだったらいいんですけど」くすくす、と小さな笑い声が聞こえた。もう一度視線を彼女に戻す。「そうだね、君はきっと僕に出会うために生まれてきたんだよ」つまり僕も君に出会うために生まれてきたってこと。そう言えば彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「でもわたしたちがいるこの世界は、」

この世界はもうだめだって?そんなこと知っているに決まってるじゃないか。君と出会う前から気づいていた。でも僕は君がいたからその腐った世界から抜け出せたわけで。(何で君は気づかないのかな)僕と君がいるこの世界は確かに汚れているだろうけど、それでも君がいたからこそ輝いて見えたのにね。「どうしてそんなことを言うんだい」どうして君の心だけは輝かなかったんだろう。「わかりません、なんだかそんな気分なだけだと」確かにこの世界は重い何かを背負いすぎてると思う。「ねえちゃん」なにか繕ったものでそれを隠してるんだと思う。「なんですか?」いつ壊れてしまうかもわからないんだと思う。「僕はね」それでも、














































(こんな軋む世界でも君を愛してるんだよ)






君がいるこの世界はとてもすばらしいものなんだよ、気づいてよ、ねえ。(目を見開いた君。何に驚いてるかなんて僕にはわからない。ただその瞳には喜びと悲しみが混ざり合っていたことだけ、僕にだって気づけた。ほら、よく世界を見てごらん。どこも汚れてないよ。君が呼吸をしているこの世界は腐ってなんかいないんだよ。輝いているんだよ。彼女はゆっくりと瞳を閉じると、「わたしもです」と小さく消え去りそうな声で呟いた)





2007/12/30