つながる




「ねえねえ、ダイゴせんせー!ダイゴせんせーって彼女とかいるんですかぁ?」
「とかって・・・あのね、そう言うことは普通生徒に言いません」
「ほら〜アンタの聞き方が悪いからダイゴ先生怒っちゃったじゃん!」
「え〜そんな〜あたし悪くないですよぉ!」
「・・・はあ」
「ダイゴせんせー、彼女いないならあたし立候補します!」
「いや、」
「何言ってんの、アンタじゃ釣り合うわけないわよ!」
「え〜いいじゃん別に。ねっダイゴせんせー、あたしと付き合おうよ!」








「って言われたんだ、生徒に」
ダイゴさんは自らの顔を隠すように左手で顔を覆いながら大きく溜め息をついた。指の隙間から見える表情はまさしく憂い顔そのもの。そこまで悩むことなのかな、と思いつつ、立ち上がってダイゴさんに近寄る。女であるわたしすら嫉妬するようなさらさらした髪の毛に、何も言わず触れる。いいなあ。男の人って普通剛毛だと思うのに、ダイゴさんの髪の毛はそこらの女の子よりさらさらだ。羨ましい。触れていた手を離してから、自分の髪に指を通してみた。やっぱり途中でつっかえた。




「いいじゃないですか、モテモテは素敵なことだと思いますよ」
「・・・嫉妬しないのかい」
「だってダイゴさんのこと信じてますからね」
「僕はいつだって誰にでも嫉妬するのに」
む、とむくれたしかめっ面のダイゴさん。纏う雰囲気は大人そのものだというのに、言動は母親に甘えたがる子供のようだ。かわいらしいな、と思って笑ったら、ダイゴさんの眉間にさらにしわが増えた。勘の鋭いダイゴさんのことだ、きっと私が考えたことはもうばれている。ちくちくと小言を言われる前に離れよう。もう一度ダイゴさんの柔らかい髪の毛に触れてから、わたしはキッチンへと足を進めた。



「教職って面倒だね」
「自分で選んだんじゃないですか」
「ちょっとの間の手伝いだと思ってたんだよ、こんなに面倒だとは思わなかったんだ」
あーあ、これならお堅い部屋でデスクに座って書類片づけてた方がマシだ。嘆くようにダイゴさんが呟く。彼の言う短い間、というのは一年である。一年間だけ、教員として雇うから授業をしてやってほしいと知人に頼まれて教師なるものをやっているのだ。頭が良いダイゴさんは将来のためと教員免許を持っていたのであっさり教員になることができた。しかし、やりたいことがなかったからって教師とは。普通そんな誘い断るんじゃないのだろうか。




「思っていた以上の媚だよ・・・これがあと半年も続くのか」
「慣れないんですね」
「慣れたくないよこんなの!いいの!僕が色んな女の人に慣れても!」
「信じてますから」
今日はシチューにしよう。冷蔵庫から材料を取り出しながら鼻歌を歌う。ダイゴさんシチュー大好きだからなあ。また美味しいって言ってもらえるかな。うきうきとした気持ちで具を切り分けていく。うん、昔は料理がてんでだめだったわたしも上手になったもんだ!ふんふんふん。わたしの鼻歌が緩やかに広がる。うん?静かだな。あれだけ愚痴っていたダイゴさんが急に黙ったのが心配になって振り返る。ばふ。すぐ後ろにダイゴさんがいた。




「後ろから抱き締められると、あの、料理できないんですけど、」
補給してるんだから見逃して」
「シチューに指入っちゃいますよ」
「・・・それって僕の指?食べるの?」
えぐい想像をしてしまった。わたしを後ろから抱き締めるダイゴさんのせいで心臓はものすごい速さで動いているし、思考はめちゃくちゃだ。ええい、この状況は気にしないで料理に集中しよう。あんまり邪魔な位置に腕とかないし、このまま料理できるはず。ぎゅ、と回された腕の力が強まるのを感じたけど、わたしは気にせず人参の皮を剥いた。



「僕の左の薬指、目に入らないのかなー」
「ついてますもんね、指輪」
「君の左にもね」
ダイゴさんが耳元で囁く。驚いたわたしが流しに人参を落としてしまった。手に持っていた包丁をまな板に置いてから、ダイゴさんのちょうど手のあたりに肘鉄をかました。わたしの肘鉄は痛いぞ。わたしの行動に驚いたらしいダイゴさんはようやくわたしを開放して、それから痛そうに悶えていた。ふん、自業自得だ。



「僕は君の旦那さんで、君は僕のお嫁さんなのに」
「さらっといいますねー」
「うん、だって本当だから」
あ、人参もっと小さくして。復活したらしいダイゴさんが今度はわたしの隣に立つ。わたしは置いていた包丁を握りなおして、ちらりと近くに置かれたダイゴさんの左手を見てみた。薬指に、わたしとおんなじデザインの指輪がきらりと輝きを放ちながら存在を主張している。ちらり、今度はわたしの左手の薬指を見てみた。何回りも小さなサイズの指輪がそこにはいた。




「ダイゴさん、今日はシチューですよ」
「見ていればわかるよ」
「ダイゴさんシチュー好きだからがんばって作りますね」
「うん、楽しみにしてる、。手伝うことはあるかい?」
「ええ、はい、とっても」
「・・・・・・ねえ」
「はい?」
「もう結婚したんだし、その敬語も、ダイゴさん、もやめよう」
「え」
「奥ゆかしい感じも僕はすっごく好きだけど、やっぱりそろそろ外してほしいな」
こてん。料理中のわたしの頭に、ダイゴさんの頭が乗っかる。重くはない。けれど邪魔ではある。邪魔だったけど、わたしはそのままでいた。包丁はもう一度まな板の上に置いた。確かに、わたしは出会ってからずっと長いことこの口調だし、敬称をつけて彼を呼んでいる。それは心の距離を置いているとかそういうことではなかったけれど、要するに慣れてしまっていたのだ。彼とずっと一緒にいたから。





「・・・ダイゴ」
「うん」
「今日はシチューだよ」
「やり直しするとは思わなかったな」
「ダイゴ、シチュー好きだから、がんばって、作るね」
「・・・うん」
きらり。二人の左の薬指で、指輪が優しい光を放つ。わたしとダイゴさ・・・ダイゴを繋ぐ、絆。もちろんこんな指輪なんてなくても結ばれていることには変わりないんだけれど。この指輪を見るたびに幸せな気持ちに浸っていたということは内緒にしよう。調理を再開する。わたしの愛する人に、美味しいシチューを食べてもらわなくては。

「君は僕が幸せにするよ」
わたしはもうとっくのとうに幸せだ。






(ときめきをお忘れなく/2010.09.21)