それはわたしが婚約することになった日の、少しあとのこと。
わたしは白色の彼の人と、共にお茶をすることが好きだった。お茶と共にいただく菓子は日毎にお互いが持ち寄り、それを片手に他愛のない会話をする。何気ないお茶会は何よりも楽しいことだった。
そのお茶会にはわたしの相棒であるイーブイもいつも同席していた。わたしの友人はどうやら彼のことが嫌いなようだった。 婚約、と聞いた時は心の底から驚いた。わたしにはずっと想ってきた人がいたからである。イーブイもそれをよく知っていた。知っていたからこそ、彼とのお茶会には必ず出席していたのだ。



「今日のお茶だよ、どうぞ。きっと君も気に入る。」
「ダイゴさんにおすすめされるお茶なのですから、美味しいに決まっていますよ。」
「はは。期待に添えていたらいいけどなあ。」



心地よい音を立てながら、お気に入りの湯呑みに注がれていくお茶。少し離れた位置にいるわたしにすら届く優しい香りに心が安らぐ。きっとあのお茶はとても美味しいのだろう。 今日わたしが持ってきたお菓子とはあうだろうか。どんなお茶ともあうとは思うけど、机の上で注がれたお茶を見ると少しだけ心配になる。




「お茶菓子、持ってきたかい?」
「はい。今日は、在り来たりですけどエンジュから取り寄せた焼き菓子を。お抹茶の味だそうです。」
「ああ、いいね。間違いなく美味しいだろう、それは。僕はこんなものを持ってきたよ。」
お互いに紙袋から思い思いの菓子を取り出す。薄茶色の紙袋から取り出したのは一つ一つが透明な袋で包まれた焼き菓子。マドレーヌと言うらしい。美味しいというから取り寄せをお願いしてみたけど、お口にあわなかったらどうしよう。もちろんわたしではなく、ダイゴさんの口に。 ダイゴさんが可愛らしい包みから取り出したのはとても色鮮やかなこんぺいとうだった。それもわたしでも聞き覚えのあるような有名店のもので。




「確かこんぺいとう、好きだったよね。はい、どうぞ」
躊躇なく可愛らしい袋を開けるとダイゴさんは何色が一番好きだったかな、君は、とこぼした。
青色赤色黄色。様々な色のこんぺいとうを手に取っては光に翳すダイゴさんはとても優しい顔をしていた。その大きな手で電光に透かされた青色は、とても暖かい色味だった。 膝に乗り上げてきたイーブイの頭を撫でながら、色とりどりのこんぺいとうをちらりと見る。



「白色の、こんぺいとうが好きです。」
「そうか、白だったっけ。じゃあ、ほら、どうぞ。」
「ありがとうございます。いただきますね。」
こんぺいとうを口に運ぶと、羨ましげにイーブイが声を鳴らした。それからぐりぐりと頭をわたしのお腹にすりつけてくる。あとであげますよ、と頭をぽんぽんと叩くと、ふんと鼻息を鳴らしてからまた膝の上でくつろぎ始めた。わたしの膝は座布団ではない。
お茶会なんてつまらないとでもいいたげな表情の相棒にため息をつく。 ひょいと口に入れたこんぺいとうはとても優しい味がして、心がほっこりと暖まったような気がした。



「勝手に黄色かなぁと思っていたよ。どう、こんぺいとう、美味しいかい?」
「ふふ。白色ですよ。黄色も好きですけれど。ああ、こんぺいとう、とっても美味しいです。」
「へえ。どうして白色が好きなのか、聞いてもいいかな?」
「…ええと、これを言ってしまったら、なんだかお恥ずかしいのですが。ダイゴさんのお色に似ているなぁと、思っていたのです。」
「僕の、色かい?不思議なことを言うね。」
「ええ、不思議なのは承知ですよ。あなた様はいつも白いのです。とても優しい色をしていらっしゃるから。」
だから、白色が好きです。告げてからダイゴさんの方を目線だけで見てみた。


「そうか。僕も好きだよ、黄色。君の色にそっくりだから。」
薄い黄色が特に君らしい。ぼんやりとした黄色のこんぺいとうを手にとって光に透かしてから、ダイゴさんはぱくりとこんぺいとうを食べてしまった。 優しい視線がわたしの視線と交わる。 あなた様は白色だ。優しい白色。大らかな心ですべてを包み込んでしまう優しい色の持ち主なのだ。 ダイゴさんの声を捕らえるように、イーブイが先ほどまで垂らしていた耳をピンと立てている。


「黄色は明るくて、星のようだと思わないかい。宵闇の中でそっと照らしてくれる心地よい色だと僕は思うんだ。」
だから好きだよ、黄色が。

湯呑を手にとって、ダイゴさんは穏やかに笑った。 それに続くように、イーブイはそっと耳を下ろした。





「もうすぐ、顔合わせだったっけ。早いものだね。」
「そうですね、あっという間に嫁ぐことになっていそう。わたしの姓も、変わるのですね。」
「嫁入りなんだからそうだろう。なんなら、婿入りして欲しいとでもいえば良かったじゃないか。」
「お相手様は長男ですよ。婿入りしていただくなんて、滅相もない。」




こと、と湯呑を机に置いたのはわたしだった。何時の間にか冷えてしまっていたお茶に、新たに暖かいお茶を継ぎ足す。無意識に食べ進めていたこんぺいとうは袋から出されたときよりも明らかに減っていた。 ダイゴさんがマドレーヌを手に取って、ゆっくりと包装紙を剥がしていく。見慣れぬ焼き菓子の甘い香りが鼻をちょんと突いた。
小さめのマドレーヌを口に含んで咀嚼したダイゴさんに続くように、わたしもマドレーヌを食べてみる。ああ、美味しい。目の前で顔を綻ばせている彼の人も美味しいと思っているのだろうか。 勝手に人の手元からマドレーヌを奪ったイーブイの頭を優しく叩くと、イーブイはまた鼻をフンと鳴らした。 口周りを丁寧に拭いてから、ダイゴさんはお茶を一口飲み、そしてわたしの目を見ながら口を開いた。





「嫌だったのだろう、婚約なんて。もっと早く言ってくれたら僕がどうにかできたのに。」
「まあ、馬鹿なことをおっしゃらないでくださいな。わたしは嫌だなんて思っていませんよ。」
膝の上でごろごろとし始めたイーブイのお腹を撫でてやる。この子はきっとわたしが何を考えているのか分かっているのだろう。ずっとそばにいたのだから、きっとすべて知っているのだ。だってこの子はわたしの相棒なのだから。 マドレーヌをあっという間に完食してしまったイーブイのふわふわした毛並みを撫ぜる。ああ、相棒。わたしはね。



「本当かい?」
「本当ですとも。嘘を吐いたってなんの得にもならないではないですか。」
「信じられないな。」
「ならば、約束してくださいませ。」
「いいよ、言ってごらん。僕に叶えられることならなんでもしてあげる。」
わたしの手をとって、ダイゴさんは微笑む。その言葉には嘘偽りないだろう。彼は嘘なんてつかない人だし、今この状況で嘘をつこうと何にもならないのだから。わたしはよく知っている。ずっと見てきたのだから。この人はとても真っ直ぐな人間なのだ。真っ直ぐで綺麗で、とても素敵な人。 わたしの意思が伝わったのか、膝に座っていたイーブイが喉を鳴らした。相棒にはなんでもお見通しである。



「わたしと結婚するのですから、どうか、あなた様の尽力を尽くして幸せにしてくださいね。」



待ち遠しい日々が近づく。誰よりも何よりも近くにいたいと想ったあなたとの日々が足音を立てずにそろそろとやってくる。 お茶会の回数は増えることだろう。相棒のイーブイが機嫌を悪くする日々が増えることだろう。あなた様を想うことも格段に増えるだろう。 それでいい。それがいい。そんな穏やかな日々を望まぬはずなどない。あなた様を想いあなた様と共にある日々はとても穏やかでそれでいて刺激的なものだろうから。 誰が拒むというのだろうか。そんな愚かな選択をわたしは選ぶはずがない。



鳩が豆鉄砲食らったような顔をしているダイゴさんを見たらおかしくて少しだけ笑ってしまった。あんまり見ない顔だなと微笑ましく思う。 一度真顔に戻してから、顔を緩ませて、そんなのもちろん約束するよ、とダイゴさんは笑う。そしてご機嫌そうに柔らかく微笑むと、再びこんぺいとうをわたしに差し出した。









(ロマンスをひとつぶ/2013.02.02)