「あ」


「え、なに」「………いや、別になんでもない」「ちょっとデンジ、今の間は絶対なにかあったでしょ」「いや、なにもないぞ」「あるでしょ!」「なにも」「あるでしょ!!」



あからさまに目線を反らすデンジはどう見たって怪しい。まさしく目と鼻の先、という距離まで顔を近付ける。その距離に来てもデンジは目線をあわせようとせず、目を泳がせていた。怪しい、怪しすぎる。なにを隠しているんだこいつは。少し腹が立ったので、右手でデンジの鼻をつまんでやった。シュールだな、とか思ったけど声には出さないで喉の辺りで止めておいた。なにされるかわからないからね!



「なにする」「わあ、顔に似合わない声」「おまえがはなをつまんでるからだろーが」「じゃあ離してあげますよ、変な声のデンジくん」



鼻をつまむのはやめたが、距離は相変わらず超至近距離。このままちょっと近づいたら、もしかして。「そんなことするならキスしてやる。そら、ちゅー」ちゅ。………こいつ、本当にやりやがった。固まったままのわたしとは裏腹ににやりと笑っているデンジ。時間をかけてメデューサの呪いから解放されたっていうのに、なぜかわたしの体は動かない。勘違いでなければ、わたしの体が動かないのはこのくそやろうがわたしの腰に腕を回しているからだ。「もう一回してやる、ちゅーだちゅー」ちゅ。お前、恥ずかしくないのか。



「あああああああなたね、そんなことではぐらかそうったってね、無駄ですわよ?!」「声裏返ってるぞ、。さらに口調がおかしい」「ううううるさい!もー離して、離してください!」「いや、この際死ぬまで離さん」「いや離してよ!」



うるさいやつめ、とデンジが余計なことを口にしてからようやくわたしの腰から腕を離した。「はい、ちゅー」ちゅ。お前、三回目だぞ!!



「で、なんなの」「なにが」「さっきの『あ』ってやつ」「あーあれな、別になんでも」「言いなさい」「………お前絶対怒るから言わん」「言いなさい」「…元カノから連絡来てたの、忘れてた」



元カノ。へぇ、ふーん、そうですか。なるほどなるほど。元カノさんですか、なるほど。大丈夫です、わたしは驚きません。へぇ、とそれだけ声に出したらデンジの眉間に深いシワが刻まれた。ばか、普通わたしの眉間にシワがよるはずでしょ。もんもん考えている内に、デンジが再びわたしの腰に腕を回していた。ぎゅ、となぜか腕の力を強くされる。なんか胸の中が苦しくなってきて、デンジの顔が見れなくなって、デンジから視線を外した。



「…なんか言えよ」「あいうえお」「こら」「べつに怒ってないもん」「そんなこと聞いてないだろ」「べつにデンジに元カノがいたって気にしないもん」



嘘、すごく本当は気にしてる。デンジに昔彼女がいたなんて知らなかったし、聞いたこともなかった。…聞こうともしてなかったんだけど。わたしは今まで付き合ってた人なんていなかったし、興味がなかったから。あーもーデンジの元カノさんがどんな人なのか気になって仕方なくなってきた!「こっち向け、」「やだ」「なら向かせてやる」ぐいっ。デンジの片手がわたしの顎を掴んで、それから無理矢理デンジの方に顔を向けさせられた。「怒んなよ」「怒ってません」ちゅ。四回目ですよ、このやろう。



「元カノがいたなんて知らなかった」「あぁ」「知ろうともしてなかったけど」「そうだな」「怒ってないって言ったけど、うそ」「あぁ」「デンジ、わたしいやなやつだね」「いや、言わなかった俺が悪い」「ごめんね」「俺こそ」



ちゅ。またデンジがわたしにキスをして、満足そうな笑みを浮かべた。わたしもつられて笑ってしまう。「元カノさんからの連絡、返さないの?」「別に返す必要ないだろ」「なんで?」




「俺に必要なやつ、お前だけだし」