蝉が、鳴いている。




みんみんみんと耳を劈くような、むしろその音で吐き気をもよおす様な、そんな声で蝉が鳴いている。黙れと思っているわたしを余所に、彼らは自らの存在を証明するかのように鳴く。なけぬわたしを置いて、彼らはただひたすらに鳴いていた。





「君を置いていく僕をうらんでほしい」
そう、あなたは言いました。
なけぬわたしを見て心苦しそうに顔を歪めて、そう言いました。
「それでいいんだ、それ以外は望まないから」
弱弱しくわたしの手を握って、あなたは言いました。
わたしより大きくて、それでいてひんやりと冷たい手でした。
「君に忘れられたくないなんて、我が儘かな」
どこか遠くを見つめてあなたは言いました。
目線の先を追っても、わたしには何も見えませんでした。
「僕を忘れないで、
頬に一筋の涙を流しながらあなたは言いました。
わたしにはその涙を拭うことができませんでした。






何故、あなたは『うらめ』などと言ったのでしょう。そんなこと、できるはずなどないというのに。
何故、あなたは欲深くないのでしょう。もっともっと望んだって構わないのに。
何故、あなたはわたしなんかに忘れられたくないのでしょう。あなたを覚えている人はたくさんいるというのに。
何故、あなたはわたしの前で涙を流したのでしょう。あなたを愛する人は、わたしだけではないのに。




、僕はもういくんだね。いかなければならないんだね。君を置いて、いかなければならないんだ。かえってこれない、あの場所に。君を置いていくことが辛いよ。もっともっと君と一緒にいたかった。ごめん、ごめんね、。僕は、僕は君を愛しているよ。心の底から、愛している。今まであんまり言えなくてごめんね、なんだか照れくさかったんだ。言えなかったけど、君には伝わってたらいいな。もう、伝えることはできないから。ねえ、。僕は幸せだよ。大切な仲間もいるし、君もいる。それに、さいごに君がいてくれるんだ。僕はそれ以上いらないから、ああ、。僕の手を離さないでおくれ。そう、そのまま離さないでいて。君の温もりがとても心地良いんだ。・・・、ありがとう。僕と一緒にいてくれて、僕を愛してくれて。幸せにしてあげられなくてごめん。君に幸せになってもらいたいけど、君が僕以外の男と結ばれるのは、やっぱり嫌だな。・・・我が儘だね、僕は。君が僕を忘れないでくれたらそれでいいなんて言っておいて、それ以上を望んでる。ねえ、。君は、幸せだった?」




蝉が、ないている。





悲痛を物語るような、惨劇を知らせるような、そんな音で蝉がないている。ただ茫然と立ち尽くすわたしを余所に、彼らは誰かの気持ちを代弁するかのようになく。置いていかれたわたしなど気にせず、彼らはただひたすらにないていた。





あなたの優しい瞳が、

あなたの大きな手が、
「僕は」
あなたの美しい声が、
「何よりも」
あなたの柔らかな髪が、
「君を」
今もわたしを、
「愛しているよ」
捕らえて、閉じ込めて、離さない。




















「どうか僕を忘れないで、いとしい



























みーんみんみん、みーんみんみん。




(たくさんの人々があなたを愛し、慕ったというのに、何故わたしを愛してくださったのですか、エリウッド様。) 気が狂いそうなほどの炎天下の中、わたしはエリウッド様の全てをおもい出しながら、ようやく、泣いた。









(残暑、あなたの熱を探す//2010.08.06)