「ある土地では嘘をついてもいい日があるそうだよ」
「…嘘をついてどうなるんですか?」
「親交を深めるとか、そんな感じではないかな?」


嘘つきが罪を着せられない日があるなんて、その地域はどういう場所なんだ。そう呟いたら、ゲンさんはいつも被っている青い帽子をとってから、わたしに対して頭が固いね、と楽しそうに笑いながら言った。失礼な。こちらにはない習慣に驚いているだけだというのに。机の上にあるアイスココアに手を伸ばすが、アイスココアはわたしの手に掴まれる前にゲンさんの手の中に吸い込まれていった。ストローを通して聞こえる、音。


「甘い」
「勝手に人のアイスココア飲んでおいてそれはないでしょう」
が必死に手を伸ばして取りたがるものだから、どれほど美味しいものなのか気になってね」


そんなにアホ面で手を伸ばしてましたか、わたし。ゲンさんのせいで半分まで減ったアイスココアを今度はわたしの口まで運ぶ。ココア特有の甘い匂いがゆっくりと鼻から伝わってくる。ストローを口にくわえたところで、ゲンさんが突然間接キスだね、と言った。アイスココアが変なところに入った。むせ始めたわたしを、ゲンさんが笑いながら背中を擦る。ちくしょう、わざとだろ。


「げほっ…」
「大丈夫か?」
「誰のせいっだとっ…げほっげほっ」
「事実を言ったまでだろう?」
「あーもー!」


咳が治まったのを感じた瞬間、半分以下になったアイスココアに手を伸ばして勢いよく吸い込んだ。一気にアイスココアの入っていたガラスのコップが空になる。ガン、と強い力でコップを机に置いたら丁度近くを歩いていた店員さんと目があった。すみません。顔に熱が集中するのを感じて、うつむく。ため息をついたら、クスクスと笑うゲンさんの声が聞こえた。


「わたしのこといじめて楽しいですか」
「ああ、楽しいよ」
「………」


目の前でにこにこと笑う男に苛立ちを感じたが、毎度のことなので気にしないことにした。なぜそこまでわたしをからかうのだろう。心の中で呟いたつもりが、声に出してしまっていたらしい。珍しくゲンさんが声をあげて笑っていた。


「わからないのか?」
「わかりませんよ」
「私は君が好きなんだよ」
「…嘘だ、いじめるくせに」
「嘘ではないよ、今日はエイプリルフールじゃないのだから」


嘘をついても罪を被らなくてすむ日はエイプリルフールというのか、なるほど、覚えたぞ。ゲンさんから視線を外してから、コップを左手に持って、静かに回してみた。空っぽになったコップから、カランカラン、と氷とガラスがぶつかる乾いた音がした。