ときどき訪れるカフェで、いつものようにアイスココアを飲みながら課題をしていたら聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。正直な話、応えたところでわたしにはなんの利点もないが、返事を返さなければ彼は機嫌を悪くするだろう。わたしにとって機嫌が悪くなった彼ほど面倒なものはない。ポケモンについてまとめたルーズリーフから目を離して、それから利き手に持っていたボールペンを机に置いた。あ、そうだ、アイスココアおかわりしようかな。



「ゲンさん、奇遇ですね」「むしろ運命だと思わないか?」「・・・そうですね」
こんなねちっこいストーカーまがいの行動が運命だというなら、世の中頭の弱い人にはどれほど優しいのだろうか。わたしの向かい側にゲンさんが座るのを横目で見つつ、わたしは近くを歩いていた店員さんを呼び止めた。「アイスココアをおかわりで」「それからアイスコーヒーを」さも当たり前のように横からゲンさんが注文を続ける。わたしがムッとしたことに気がついたのか、ゲンさんは「全部私が払うさ」と言って笑った。ねちっこいところがなければまだまともなのに、と心の中で呟く。ちらりとゲンさんを見てみた。こいつが来なければ、今までの平穏な空気が壊れることなんてなかったのに。



「今日は勉強か」「何しようと勝手ですよね?」「それならば私が君に興味を持つことも勝手に行って構わないということか」「・・・そういうことじゃないんですけど」
諦めたように課題をカバンに仕舞って、店員さんが運んできてくれたアイスココアを受けとる。あ、この店員さん新人だな、見たことないし、それにたどたどしい。「は横顔もかわいいね」バッ、と勢いよくゲンさんを見たら、ニヤニヤといやらしい(わたしから見たら)笑みを浮かべるゲンさんと目があった。非常に不快だが、ゲンさんには悟られないようにアイスココアに刺さったストローを口にくわえる。吸い始めたところで、ゲンさんが「君はいつになったら素直になるんだろう」と言った。ブッ。アイスココアがわたしの口の中から机に向かって飛び散った。



「とてもポジティブですね」「私の取り柄かもしれないな」「それならねちっこいところはチャームポイントですね」
嫌味で言った言葉を、さらにゲンさんは「光栄だ」と憎たらしい言葉で返してきた。いや、むしろ素で言っているのかもしれない。質が悪いことだと、思考の隅で思う。わたし達の様子を見ていたらしい店員さんが、慌てて台布巾を持って来た。なんだわたし、ただの恥さらしか。ゲンさんをキッと睨んでみたが、思っていた通り、奴は怯むどころか楽しそうな表情を見せた。店員さんから布巾を受け取って机を拭いたあと、溜め息をついてから、改めてゲンさんを見た。相変わらず顔だけは良い男である。(店員さん含め周りの女の子皆見てるよ)誰かこのポジション変わってくれと心の中で呟いてから、重ったらしい口を開いた。



「ゲンさん」「なんだ」「わたしは、別に、あなたのことが好きだったりしません。嫌いだったらありますね」「面白くない冗談だ」「冗談じゃないですから、かなり本音ですから」「ほう」「・・・いやいや、もっと言うことないんですか」
わたしはまだまだあるんですけど、きっとあなた理解してくれませんよね。心の中で毒づいてから、視線を落としてもう一度溜め息をついた。アイスココアの氷が少しずつ溶けだしている。「それなら」少しの間のあとのゲンさんの声に、再び視線を彼に戻す。憎たらしい顔が、今まで見たことのないような眩しい笑顔に。


「これから私に惚れさせれば良いわけだな」









いやいや、そういうことじゃないだろう。(とか言いつつ、このねちっこいストーカーに惚れるのも遠くはない未来なんだろうな、となんとなく思った)