どうしてこんな状況になってしまったのだろうか。こんな面倒くさく、かつ非常に恥ずかしい状況に、何ゆえなってしまったのか。まず、今の状況を正常に働かない脳を使って説明しよう。暗がりの中、もとい服があまり入っていないクローゼットの中に、わたしとゲンさんの二人が押し込められている。もちろんものすごく密着している。あまりの近さにわたしの心臓はばくばくと通常よりも大きく鳴っている。密着してるしわたしの鼓動の大きさはゲンさんにバレているんじゃないんだろうか。この状況ならバレていても仕方ないけれど、恥ずかしさは更に増すなあと、どこかにいる冷静なわたしが呟いた。
そして何ゆえこの状況に陥ったか。それはクローゼットの扉と扉の隙間から見える光景が原因である。クローゼットの扉を隔てた向こう、そこには顔を真っ赤にしたヒョウタさんと、可愛らしい女の子が立っている。


そう、ここは、わたしたちが押し込められているクローゼットがある場所は、ヒョウタさんの家(しかも寝室)なのだ。ヒョウタさんとわたしとゲンさんは、よく三人で集まり他愛のない話をする間柄なのだが、今日、たまたまヒョウタさんの家に来てみたところ、家主がいないのに扉が開いていたので、ゲンさんとわたしでヒョウタさんを驚かせようと、ヒョウタさんの家に入りこんだのだった。わたしとゲンさんが家に侵入してしばらくしたころ、ようやく家主が帰宅した。にやりとわたしとゲンさんは笑ったのだが、予想外のことに家主であるヒョウタさんは以前わたしたちに話してくれた『好きな人』を連れて帰ってきたのだ。『今度告白する』と以前言っていたので、おそらく今日告白するのだろうとわかった。非常事態に慌てたわたしとゲンさんは、とりあえず二人の邪魔をしてはいけないと隠れ場所を探した。そして唯一隠れることができた場所が、ここ、クローゼットだったのだ。



隠れる場所がここしかなかったからと言って、いくらなんでも二人で狭いクローゼットって…。ああ、どうしてこうなってしまったのだろう。わたしは今ゲンさんに抱き抱えられている状況だ。そこまで男性に免疫がないわたしとしては、かなり、恥ずかしい。というかあっても恥ずかしいよねこれ!時折ゲンさんの息が頬にあたって、更に恥ずかしくなる。は、早く抜け出したいよこの状況から!


「僕、その、ずっと、君のことが」 ヒョウタさんが幸せになるのはわたしとしてもすごく嬉しいけど、正直早く終わらせてほしい。ゲンさんと密着状態ってわたしもう死ぬんじゃないの!なんとなくゲンさんはこういうことに慣れてそうだけど、わたしはもう耐えられません。鼻血出しちゃうかもしれません。ちらっと視線だけでゲンさんを見てみたら、ばちんっと目があって、それから微笑まれた。ななななななんなのもう!!そろそろわたし息を殺すことなんてできなくなるんですけど!




「本当?!良かった!」
どうやらヒョウタさんの想いは通じたらしい。嬉しそうに女の子を抱き締めるヒョウタさんが、扉の隙間から見える。ヒョウタさん、良かったね!でもとりあえずわたしはここから脱出したいです。ふう、と小さく安堵なのかそれとも別の理由かわからないため息をついたら、何故かわたしの腰のあたりにまわっているゲンさんの腕の力が強くなった。言い換えれば、ゲンさんがわたしを抱き締める力を強めた。え?え?なんで?!



「君に見せたいものがあるんだ」
そう言ってヒョウタさんが女の子を連れて部屋を出ていく。今度ははっきり安堵ゆえだとわかるため息が出た。見せたいもの、イコール化石のコレクションだろう。化石のコレクションルームはここからも玄関からも遠いから、この隙に家から出れば間違いなくヒョウタさんに出会うことはないだろう。早くクローゼットから出たい、のに。これまた何故かゲンさんがわたしを離そうとしない。「ゲン、さん?」ゲンさんを見ながら名前を呼んだら、ゲンさんは「ああ、そろそろ出ようか」と言ってようやくわたしを離して、クローゼットの扉を開けた。外の光はなかなかに眩しかった。



「ゲンさん、早く出ましょう」
「…そうだね」
そう言っておいて、ゲンさんは動こうとしない。ゲンさん?とまたわたしより大分身長の高いゲンさんの顔を覗き込みながら名前を呼んでみた。すると。
ちゅ。
小さな音と共に、わたしの唇に何か暖かくて柔らかいものが触れた。目の前にはゲンさんの整った顔がある。頭も体も、フリーズした。




「さあ、行こうか」
状況が把握できていないわたしの腕を、ゲンさんが引っ張りながら歩き出す。ヒョウタさんたちにはバレずに玄関まで来て、隠していた靴を履く。放心状態だったわたしが気付いた頃には、わたしとゲンさんはヒョウタさんの家からかなり離れた場所にいた。
………さっき、わたし、ゲンさんに、キス、された?





「げげげげげっゲンさん!」
「ああ、






「このことは君と私の」








「秘密、だよ」


しぃっ。唇に人差し指をあてたゲンさんは、いままでわたしが出会ったどんな人よりも色っぽくて、わたしはあっさりと心を奪われてしまうのだった。






(geheimnis//2010.08.06)