「って知ってますか?」
「うぐいす?」
「はい、鶯です」
「…知らないな…新種のポケモンかい?」
「いえ、空想上の生物です」



そう言って笑うの笑顔は相変わらず胸の辺りがキュンと音をたててしまいそうになるほどいとおしくて、僕はどうしたらいいかわからなくなる。ひんやりと冷たいジムの中とは裏腹に、窓から差し込む陽光は暖かく、僕とは窓際で日向ぼっこをしていた。外に出ればいいだろうという発言は却下だ。外ではこんなに近くにいることが出来ないから。僕にとっては大切な人だ。世間一般には恋人と呼ばれる関係にあたる。言い方が悪いが、は少し抜けている、というかネジが外れているようなところがある。…いや、僕は彼女のそんなところも好きなんだけど。
うぐいす、ともう一度声に出してみる。聞き覚えのない名称だ。空想上の生物と言われなければ、きっと僕は新種のポケモンだと思いこんでいただろう。


「そのうぐいすがどうかした?」
「本で読んだんですけど、変わった生き物らしいですよ。体は緑色で」
「緑色?ポケモンみたいだ」
「本によると、鳥だとか。春に姿を見せる鳥。さらにその緑色って、すごくきれいなんだそうですよ」



目をきらきら輝かせながら語り続ける君の隣で、僕もうぐいすという生き物がどんなものかずっと考えていた。うぐいすは鳥なのか。美しい緑色の、鳥。いろいろなイメージが頭に浮かんでは消え。なんだかワクワクしてきた。空想上の生物だから写真は載ってなかったと、残念そうにが言う。


「絵もなかったんです。ただ」
「ただ?」
「手のひらに乗るくらいの大きさで」



手のひらに乗るサイズ?そりゃまた、えらく小さい。自分の手を顔の前まで持ってきて、じっと見つめる。僕の手に収まるくらいの大きさの、美しい緑色の鳥。彼女の話を聞けば聞くほどどんどん実際に見たいと思ってしまう。空想上の生き物だなんてわかってるけど。なんだか急に寂しくなって、隣に座っていたを引き寄せて、体が密着するくらいの距離まで詰めた。は嫌がる素振りすら見せず、僕を見ていつもの愛らしい笑顔を見せる。
が僕の肩に頭を預けるようにして寄りかかってきた。相変わらず目はきらきら輝かせたまま、窓の向こうを見つめている。僕も一緒に窓を見てから、の左手を握った。の手は僕の手に簡単に収まってしまう。…なるほど、きっとうぐいすという生き物はこのくらいの大きさなんだろうな。


「それから鳴き声が変わってるらしいんです!」
「鳴き声?」
「ホーホケキョ!」



堂々と、威勢良くがそう叫んだ。僕としかいないジムにその声は響いて、もう一度僕の耳に戻ってきた。ホーホケキョ。ホー、ホケキョ。「ぷ、ぷくく…」あ、ダメだ、もう無理。「ははははっ、あははは!」耐えきれずに笑い出した僕をは全く迫力のない目で睨んできたけど、僕はもうお構い無しに笑い続ける。しまった、お腹が痛くなってきた。「ホーホケキョって鳴くって書いてあったんですよ!」なんて必死に訴えるがやっぱり僕は大好きで大好きで。「ホーホケキョ!」ムキになった彼女は僕の耳元までわざわざ顔を寄せてまで言ってきたけど、僕はもう笑い続けるしかなかった。
きっとそのホーホケキョは本当に本に書いてあったことなんだろう。顔を真っ赤にした彼女を今度はなるべく力を入れず抱きしめる。すっぽりと僕の腕の中に収まった彼女の耳は真っ赤で、僕はまた笑い出しそうになる。


「ヒョウタさんのばか」
「はは、ごめんごめん」



もうすぐ春が来る。暖かで麗らかな春がゆっくりと姿を表す。君と一緒に過ごす春はきっとすばらしいものになるだろう。いいや、すばらしい春にしてみせる。君と一緒に過ごす。それも一度じゃ終わらせない。夏も秋も冬も、そして次の春も、ずっとずっと君とすばらしい日々を過ごす。そしていつか、の鳴き声を聞くんだ。君と二人で、和やかに。