「ああもう!」 いらつきを隠せない様子のが壁を殴った。どぉん、という鈍い音が辺りに響いて、狭い世界が少しだけ揺れる。珍しくいらいらしているに驚いたオスカーがお玉を床に落とした。セネリオがむせた。ティアマトとミストが洗濯物を破いた。外から「あぶねぇだろ!」と叫ぶボーレの声と、「ごめんボーレ!」と謝るヨファの声、そして盛大に笑っているシノンとガトリーの声が聞こえた。おそらく、先ほどの騒音により手元の狂ったまま放たれたヨファの矢が、たまたま近くを歩いていたボーレに当たりそうになったんだろう。外の様子が手に取るようにわかる。いらいらしているをワユとキルロイが宥めようとしていた。そして俺も、あまり見ないの激情に驚き、コップを落として割った。 が怒るなんて、何事だ。 「どうしたの!」 ワユが慌てた様子でハルに声をかける。はちらりとワユを見てから、盛大にため息をついた。「ごめん、なんでもないの」なんでもないわけはないだろう。おそらく部屋にいる奴らは心の中で呟いたと思う。 「、何かあったなら僕達に相談して」 「ありがと、でも大丈夫だよ」 「(嘘だろ………)」 へらりと笑うは本当に胡散臭い。どっからどう見ても、『何かあります』という雰囲気を出している。それがわざとかどうかはわからないが。 割れたコップを片付けようと部屋をぐるりと見回したら、いつの間にかミストとティアマトが居なくなっていた。おい、セネリオ、と声をかけようとしたら、立ち止まることなくセネリオもそそくさと出ていってしまった。オスカーも台所に戻ってしまったらしい。部屋に残っているのは俺とワユ、キルロイ、の四人だ。…あいつら、面倒事に巻き込まれたくなかったのか。 「そんなこと言わずにさ!」 「そうだよ、」 「う〜〜ん、でも、大丈夫!」 「本当?」 「ほんと!」 割れたコップを片付けてから、もう一度席に着いて、ちらりと視線をたちに向けた。全く、は何を考えているのだろうか。自惚れだとは思うが、俺は他の団員よりと親しいと思う。親しいからこそ、が怒っている理由を知りたい。…まあ、本人に聞く機会を見事に逃してしまったのだが。 親しい、というのは俺にとってとても嬉しいことだが、それは同時に悲しいことでもあった。理由は単純明快。俺がを『好き』だからだ。友人や団員という名の仲間に抱く感情ではない。異性に抱くものだ。俺の好きな、。何があったのだろうか。 「おい、うっせぇぞ」 シノンが部屋の入り口から顔を覗かせた。何故かニヤニヤと口元を緩めている。シノンの登場に気付いた俺以外の三人がシノンの方を見た。 「あ、シノン」 「よお、。なーに暴れてんだ」 「暴れてないよ!ねえ、キルロイ!」 「え、あっ、そうだね、ねえワユ」 「へっ?あ、うん!」 「(轟音したぞ)」 「ほらお前ら散れ散れ。俺がに指導してやる」 「えっなんでよ!」 文句を垂れるワユと、を心配そうに見つめるキルロイがシノンによって追い出される。残ったのはシノン、俺、。というか今さらだが、皆俺の存在に気付いているのか? 「で、どーしたんだよ」 「えーいや、別に」 「言え」 「……そ、それは…」 「言・え」 「なんかむしゃくしゃしたの!」 「むしゃくしゃ?」 「うん…」 「はーん」 なんで俺には言わないのにシノンには言うんだ。俺の中でどす黒い感情が疼くのを感じた。シノンの発言一つ一つが俺を挑発しているように聞こえる。ちらりとシノンを見たら、俺を嘲笑うかのような笑みを浮かべたシノンと目があった。くそっ。 「で、なんでむしゃくしゃしたんだ」 シノンとの会話を聞きながら新しく持ってきた水を注いだコップを掴む。力を込めすぎて小さく嫌な音が鳴った気がしたが、気にしないことにして水を飲もうとコップを持ち上げた。 「えっと」 「あぁ」 「が、頑張ってるのにね、アイクが振り向いてくれないから!」 「………は?!」 がしゃんっ 「アイク、コップ割ったの二個目だよ」 |