彼女がこの世からいなくなったのは、遠い昔のことではない。比較的最近のことだった。あるとき、彼女は大きな怪我を左腕に負った。長い歳月を重ねる中で傷自体は完治したが、ときどき痛みが彼女を襲った。いわゆる後遺症というやつだ。厄介なその後遺症は、彼女にいつだって付きまとっていた。
ある日、彼女の古傷を癒す温泉がシロガネやまにあるという話を聞いた。その温泉に実際に行き、怪我を治して帰ってきた人の話も聞いて、その信憑性を信じ、彼女はシロガネやま行きを決めた。一度向かったらしばらくは帰ってこれないと分かっていたけれど、それはとても寂しかったけれど、それでも僕は彼女を見送った。怪我が治ることを祈って。


 シロガネやまから連絡が取れたのは、ふもとにあるポケモンセンターからだけだった。目当ての温泉がある場所は奥地でポケギアの電波が全く届かない所だった。故に彼女は時折ふもとへ下り、そして僕に連絡をくれた。ときどきしか会話することも姿を見ることもできなかったけど、彼女の怪我が順調に治っていくのを知ると、寂しさは減少した。それでもやはり、寂しかった。




 彼女の怪我が完璧に治りかけていたころ、彼女の怪我が治ったら会おうという約束をした。それはその約束をしてから一ヶ月後になるだろうということで、僕と彼女は一ヶ月後にエンジュで会おう、という約束をした。自惚れていると言われるかもしれないが、きっと、お互いにその約束を楽しみにしていたと思う。僕はその日が来るのがとても待ち遠しかった。『君に話したいことがあるんだ』僕はその日、彼女に想いを告げるつもりだった。



 その約束をした日から二週間後、予定より早く彼女の腕が治ったとの連絡が来た。すぐに帰ってきても良かったのだが、念のためシロガネやまにはギリギリまで残ることになり、彼女はそのままシロガネやまで生活を続けた。それきり連絡はしなかった。僕は約束の日が、とても楽しみだった。


 しかし、約束の日に彼女は現れなかった。何時間待っても連絡は来ないし、彼女がやってくる気配も無かった。執念というもので半日待ってみたが、やはり彼女は来なかった。前日まで、ジョウトとカントー付近には類を見ないほどの大型の台風がやって来ていた。


 彼女は来なかった。いつまで経っても。連絡も来なかった。何日待っても。僕はひたすら待ち続けた。毎日毎日、約束した待ち合わせ場所で。それでも彼女は来なくて、そしてひと月が経ってしまった。ひと月経ったある日、僕にある知らせが届いた。―――シロガネやまで療養していた少女がシロガネやまで行方不明になってしまったらしい、と。ひと月前、そう、台風が来ているときに、その少女は台風が来ているというのに、誰の制止も聞かず山を下ろうとしたらしい。彼女は『大切な人と会う約束がある』と言うばかりで、誰の話も聞こうとせず、嵐の中手持ちのポケモンたちを連れて山を下って行った。そして姿を消した。おそらく、彼女は、嵐で視界の悪いシロガネやまで何らかの事故に巻き込まれたのではないかと、そういう話だった。以外の誰でもなかった。



そして僕は彼女が死んでしまったことを知った。僕との約束を果たそうとしたために、彼女は、彼女は、彼女は。
彼女はこの世のどこにもいない。遠い世界へ旅に出てしまったのだ。怪我が完治した腕と、彼女と最期を共にしたポケモンたちと一緒に。彼女がいなくなってから、一年が経った。僕は相変わらず彼女が好きだった。