「何を書いているのかな?」 突然後ろから聞こえた声に肩がびくりと揺れてしまった。わたしはこの美しい声の持ち主を知っている。「マツバさん」ゆっくりと振り返ればにっこりと笑ったマツバさんが目に映る。相変わらずきれいな笑顔を浮かべる人だなあ、なんて思いつつ、マツバさんの視線の先に気がついて慌ててまた元の方に体を向けた。これを見られてはいけない。 「・・・また隠す」 覗き込んでこようとするマツバさんに見られないように、手元にあった紙を手で隠す。紙は見られたっていい、問題はその紙に書いてある内容だ。これを見られたら最後、わたしはもう生きてはいけない。大げさかもしれないけれど、わたしにとっては大変なことがこの紙切れには書いてあるのだ―――マツバさん、あなたが好きです。いわゆるラブレターである。 「僕には見せられないものなんだ?」 見せられないわけではないけれど、見られるわけにはいかない。わたしはマツバさんが、一人の男性として、好きだ。でも、わたしに思いを告げる勇気なんかない。第一わたしがマツバさんに告白したところでフラれるのがオチだ。わたしはマツバさんの周りに集まってくる舞妓さんたちみたいにきれいじゃないし、かわいくもないし、ましてやなんの取り柄もない。こんなわたしがマツバさんと仲良くさせてもらっていること自体が奇跡なのだ。 「、何か言ってくれ」 返事をしたいけれど、この体制のまま返事をするのはおかしいし、だけどマツバさんの方に向き直れば恥ずかしい言葉がつらつらと並んだ手紙を見られてしまう。異様なまでにパニックに陥ったわたしは俯きながら手で手紙を隠すことしかできなかった。どこかにいる冷静なわたしが『ああ、マツバさん不審に思ってるだろうな、わたしのこと』と呟いた。 「・・・」 突然、体が何か大きくて温かいものに包まれた。一瞬思考が停止したものの、すぐにそれが何か脳が理解した。これは、間違いなく、マツバさんだ。―――言い方を変えよう。わたしは今、間違いなく、マツバさんに抱きしめられている。 えええええええええええなにこの状況?!どうしてこうなった?!え?え?なにこれ!何故、今、わたしは、マツバさんに抱きしめられているの?!ただでさえ頭パニックでどうしようもないのに、え、これは、ええええ!!! 「無視をされると、さすがに悲しくなるからやめてくれないか」 耳にマツバさんの息がかかる。今までにないほど密着したこの状況に脳はついていけず心臓が悲鳴を上げている。わたし今日心臓麻痺が何かで死ぬんじゃないか。たぶん、そう、きっとわたしの異常なまでに鳴っている鼓動はマツバさんに聞こえているだろう。 「最初に謝っておく、ごめん」 何に対して謝ってるんですか、と言いたかったのに声にならなかった。相変わらずマツバさんはわたしを抱きしめたまま、離れようとする気配はない。耳に息がかかるのも先ほどとなんら変わらないし、いつになったらこの状況は終わりを告げるのだろうか。このままだとわたし、心臓破裂してお空に旅立ってしまう。 「それから、怒らないで聞いてほしい」 わたしがマツバさんに怒ることなんてあるわけない!やっぱり緊張とパニックのあまり声にはできなかったけど、この際もうよしとしよう。マツバさんは少し間をおいてから、また口を開いた。すごく近くで大好きな声がする。 「、君が隠しているその紙―――いや、手紙の内容、もうわかってるんだ」 ええええええ?!今度はさすがに声に出た。それは、え、ちょっと待ってくださいマツバさん。内容がもうバレてるってわたし的にはとても大変なことなんですけど!怒りの感情が湧いてくる、なんてことは全くなく、むしろ焦りばかりがわたしを追い詰めていく。どうして、バレてしまったの? 「内容が知りたくて、千眼通、使ったんだ」 ゆっくりとマツバさんの体温がわたしから離れていった。それからすぐにくるり、と体を反転させられて、マツバさんと向かい合う形になる。突然のことに驚いたものの、慌てて下を向いた。恥ずかしくて、恥ずかしすぎて、マツバさんのことが見れない! 「素敵なお手紙ありがとう、僕も、お返事は手紙の方がいいのかな。―――だめだ、手紙にしたら僕が待てない。聞いてくれ」 「僕も、君が好きなんだ」 そして、わたしのくちびるに、マツバさんのくちびるが、重なった。 い ぶ み 拝啓 マツバさん 突然のお手紙、ごめんなさい。今日は、マツバさんにどうしてもお伝えしたいことがあって筆をとりました。筆というか、ボールペンなんですけど、それはまあ、置いといて。拙い文章ですが、最後まで読んで貰えたらとても嬉しいです。 わたしは、ずっと前から、マツバさんが好きです。マツバさんは気付かなかったかもしれないけれど、マツバさんはわたしのことどうとも思ってないかもしれないけれど、わたしはマツバさんが好きです。とーーっても好きです。 いつから、なんて忘れてしまうくらい前から好きです。わたしは舞妓さんたちのように美人でもなければ取り柄もありません。でも、マツバさんを好きな気持ちはそこらの女の人には負けません!それくらい、わたしはマツバさんが好きです。 マツバさんとお付き合いできるとか、そんなことは一度たりとも考えたことはありません。わたしはマツバさんに思いを告げられるだけで満足です。ここまで書いておいてなんですが、好きだって伝えるのはとても恥ずかしいことですね。今、自分が思っていたより恥ずかしくて仕方ありません。 お目通し、ありがとうございました。最後に―――マツバさん、あなたが好きです。 敬具 |