返事は帰ってこない。優しい表情を浮かべて、瞳を伏せたままの彼女の頬を僕はゆっくりと撫でる。僕の指が彼女のなめらかな頬を滑っても、少し力を入れて触れてみても、彼女が反応することはない。
彼女が瞳を閉じたまま幾つもの歳月が過ぎた。おそらくこれから先目覚めることはないだろう。。僕のたった一人の恋人。彼女が僕の声に返事をすることも、きっと、ないだろう。


、」
彼女がいるこの家に帰ってくる度に僕は眠ったままの彼女に一日にあったことを話す。そうすると彼女が元気になるようがして。勿論返事が帰ってきたことなど一度もないけれど、それでも僕は満足だった。そうすることで彼女が幸せになるならそれでいい。彼女が幸せかどうかはわからないが。


「・・・
僕の力を持ってしても、彼女を起こすことはできないし、ましてや彼女がいつ目覚めるかなんてこともわからない。今まで役立っていたこの能力も彼女のために使えないとは。己の無力さにはほとほと呆れたものだ。もう一度、彼女の頬に触れてみた。やはり反応はない。

・・・」
、どうして君は眠ってしまったんだ。どうして僕だけがこうして毎日を一人きりで生きているんだ。一人じゃないって言われても、周りの人たちがどう接してきても、君じゃなきゃ僕は駄目なんだ。
。早く君と一緒に君が好きだって言ったこのエンジュの町を散歩したいよ。早く君の手を握って、微笑みあって、美味しいお茶菓子を一緒に食べて。昔みたいな生活をしよう。いや、前よりももっと素敵な日々を一緒に過ごそう?



動かない彼女の両手を握ってみたら、何故だか胸の辺りが熱くなってきた。それから自分の頬を何か冷ややかな液体が伝うのを感じて、そして自分が泣いていることに気がついた。ベッドの上で眠るは、相変わらず優しい表情を浮かべている。僕の涙が止まることはない。それでも僕は、目覚めぬ君を、待っている。君の声を最後に聞いたのはいつだっただろうか。