!」
「もう知りません!」

バッターン!!大きな音をたてて扉が閉まる。扉にはものすごい力が加えられたらしく、音も凄まじかったが、勢いのせいか部屋自体が大きく揺れた。…ような気がした。普段足音を鳴らさない彼女がカツカツと廊下中に響く程の足音でたてている。扉越しのその足音はどんどん遠ざかって、そして聞こえなくなった。どうしたものか。追いかけることすらできなかった自分にほとほと呆れ、ため息をつく。もう彼女はこの施設から出ていったことだろう。今日のことを話したらカトレア、いや、他にもたくさんの奴らにこっぴどく怒られるだろう。たやすく想像できる近い未来に、もう一度ため息をついた。



彼女はあんまり怒らない。でも彼女は今日、ついさっき、ぼくに対して怒りの感情を露にした。突然のことでそりゃあ驚いたけど、ぼくは彼女が怒っても仕方のないことをした。ぼくは、彼女との約束を破ってしまったのだ。本当は昨日、リゾートエリアまでデートに行く予定だったのだが、ぼくはそれをすっかり忘れ自室に引きこもり1日中機械をいじっていた。…そりゃあ誰だって怒る。彼女は待ち合わせ場所で約三時間(正確には二時間四十七分)待っていたらしい。あぁもう、どうしてぼくは昨日約束を忘れていたんだ!過去のことは後悔しない主義だが、こればかりは後悔してしまう。泣きそうな表情の彼女が、脳裏に焼き付いて離れない。





ようやくリゾートエリアに着いた。ぼくの勘が(機械には頼ってないことをアピールしているわけではない)正しければ彼女はきっとここにいるはず。きょろきょろと辺りを見回すが、ぼくの視界の中に彼女は映らなかった。また一つため息をついてから歩き出す。歩いている間も頭の中を彼女の怒りの表情が駆け巡って、後悔の念に駈られる。今さら後悔したって何も変わらないのに。…こんなこと考えている場合ではない、早く彼女を見つけなければ。



ようやく見つけたはプールの中に足を入れていた。ちゃぷちゃぷ、猫背気味のその背中には暗い何かが乗っているように見える。「」もう一度声をかけるけど、は全く振り返らない。近くにあるビーチベッドには真新しいコートがかけられていた。そういえば昨日は寒くなるとニュースで報道されていた気がする。おそらくその深い緑色のコートは、今日のためにわざわざトバリまで行って買ったものなのだろう。嬉々としてコートに袖を通し、会計を済ませる彼女が容易に想像できた。…ぼく、実は想像力あったりする?プールに足を浸けたままのの視線は、ぼくではなくそのコートに向けられていた。


、ごめんなさい。悪気があったわけじゃないんだ」
「………」
、こっちを向いて。どうしたら許してくれますか?」
「………ネジキが」
「ぼくが?」
「ネジキが、今からデートしてくれたら」
「はい」
「それから、デート中に手を繋いでくれたら」
「はい」
「それと、美味しいケーキ、買ってくれたら、許す」
「もちろん」


ビーチベッドにかかったコートを取って彼女に渡す。プールから足を出して立ち上がった彼女はコートに腕を通してくるりと一度回ってみせた。「今日じゃ暑いのにな」「似合ってるよ、」深い緑色のコートは彼女によく似合っていた。言い過ぎかもしれないけど、そのコートは彼女のために生み出されたようだった。足はまだほんのり濡れたままだけど気にしない。彼女に手を差し出して、手を繋いだ。季節外れのコートを翻し、ぼくと彼女はリゾートエリアに溶ける。