春が、くる。寒い季節が終わり、暖かな春が。(今年も、桜はきれいかな)春になると、わたしは彼に会えるのだ。名前なんて知らない、ただ、彼は毎年桜の木の下にいる。毎年、と言っても最近出会ったばかりだけれど。早く桜咲かないかな、そう思いながらいつもの桜の木の下へと急いだ。名も知らぬ彼がいるのではないかと、心のどこかで期待しながら。

(やっぱり、いるわけないか)そう、いるわけがないのだ。風の噂を聞くと、彼は冒険をしているらしい。ふうとため息をついて、まだ何もない桜の木を見た。どうやら、まだ咲かないらしい。つぼみでさえ見当たらなかった。「・・・スボミー?」桜の木の下を、見慣れたポケモンが歩いている。じっと見つめていると、スボミーが動きを止めた。それから、起こる変化。この光景を、見たことがある。・・・進化だ。わたしのもつレントラーも、こうして進化してきた。(桜の木の下で進化だなんて、なんかロマンチックだなあ)ロゼリアの首に、自分のマフラーをかけてやった。口から出た気体は、真っ白だった。嬉しそうにしていたからわたしは構わない。気がつかぬ間にロゼリアは消えていた。

進化する光景がなんだか春らしくて、笑みがこぼれた。一人で桜の木のしたにいるのも悲しいもので、慌てて帰路を歩きだした。春まで、あと少しなのに、桜はまだ咲かない。彼女はロマンチストである。だから、花のない桜の下で愛しい彼と出会うなんて、もっての外だった。(はやくさいてよ、桜!)心の中で毒づいて、また歩き出した。


(やっぱり、いないよな、そりゃ)少年はため息をついた。そう、いるわけなどないのだ。彼女はここから近くないところに住んでいる。春の休みにだけここに来るのだ。この近くの町に祖母の家があるのだと、彼女は言っていた。桜の木の下を見慣れたポケモンが歩いている。「・・・ロゼリア?」不思議なロゼリアだった。首に、マフラーを巻いているのだ!それも、見慣れたマフラー。「(あれ、これ、)まってロゼリア。そのマフラー、見せてほしいんだけど」呼びとめると、ロゼリアはちょこちょこと近づいてきた。そのマフラーをみる。それは、見間違えることなどない、名も知らぬ彼女のものだった。(もしかして、さっきまでいたのかな)考えるポーズをとると、ロゼリアは首を傾げた。

桜はまだ咲いていない。つぼみすらない。温かい春はもう来るというのに、この木はまだ準備ができていないのか。しばらくはあの町で過ごすつもりだが、桜が散る頃にはまた旅にでなければならない。(はやくさけよ、桜!)会いたい彼女はロマンチスト。ちなみにおれもロマンチスト。彼にとって、咲かない桜の木の下で出会うことなど、もっての外だった。

別の日、少女はまた桜の木を見に行った。相変わらず花は咲いていなかったけれど、つぼみはできていた。(ああはやくさかないかな)
別の日、少年はまた桜の木を見に行った。相変わらず桜は咲いていなかったけれど、つぼみはできていた。(ああもうはやくさけよ!)
ふと、人影を見つけた。そろりそろりと近づいていく。なんと、その影もこちらに来ている。ドキドキする心を押さえて、その影まで、あともう少し。お互いに、桜の木からひょっこりと顔を出した。「・・・あ」「・・・お」名も知らぬ二人が、桜の咲かない日に出会った。「きてたん、ですね」「きてたん、だな」言うことが同じで、二人して笑った。「あの、」「あのさ、」また同じタイミングで、また笑った。(かわいいな)(かっこいいなあ)名も知らぬ二人はそれだけでよかった。けれど、今回は違った。「名前、教えてくれませんか」その時、まえのロゼリアがやってきた。マフラーは巻いたまま。
ロゼリアが舞う。桜が突然、咲いた。(ありがとう!)


Welcome spring!
(花びらの色と頬の色は同じだった)








2007.03.20