きれいな夕焼けに包まれた土手、転がってしまったボール。「はあ…」「どうした、少年」聞こえた、きれいな声。ゆっくりと俺は、顔を上げた。「あ、ねーちゃん」「よ!」楽しそうに手を降る、中学の制服を着た女の人。この人は俺の住んでる社宅の隣に住んでて、ヒカリが生まれる前から家族ぐるみの付き合いをしている。「なんだその憂いをおびた表情は。」ムカつくぐらいかっこいいじゃん。すとん、ねーちゃんが体育座りしていた俺の隣に座る。ねーちゃんは、俺より4つ年上。今年、受験らしい。俺には受験なんてまだよくわからないけど、とりあえず、応援はしてる。「ねえちゃんに話してみなよ」にたり、ねーちゃんが笑った。おれはこのねーちゃんに、勝てた覚えがない。

「サッカー、なんかだめなんだ」前までうまくできてたはずのドリブルがうまくいかない。シュートも全然きまらない。コーチには駄目出しされるばかりで、最近では試合にも出させてもらってない。「つまり、どういうこと?」「なんていうか…できなくなった」はぁ、小さくため息をついて自分の膝に顔を埋める。さっきできた擦り傷から赤い血が、すう、と流れていった。ねーちゃんは黙ったまま。それから俺は、土手にある小さなゴールを見た。「もうサッカーやめようかな、なんて考えたり、さ」サッカーボールがいけなくて、俺は悪くないかもしれない。小さく小さく、呟く。「少年、君はばかかい?」いつもより声を低くして、ねーちゃんは言った。「サッカーが出来なくなったからってサッカーをやめるんだい?」さっきとは違う、楽しそうな声で言った。「ねーちゃん、コーチと同じこと言ってる」だから、ねーちゃんは正しくて、俺が、間違ってる。悲しくなったので、また膝に顔をかくした。

「大丈夫、君ならできるさ」「なんで、そう言えるんだよ」んー…、とねーちゃんは顎に手を当てて、考えるような仕草をしたあと、またにたりと笑った。「君は鳥だ!」ねーちゃんは立ち上がって両手を大きく広げる。「と、り?」「そう、鳥だ!大きな翼がある!」ねーちゃんは時々よくわからないことを言う。例えば……今みたいな感じ。「君は、飛べるはず、なんだ」くるりと俺の方を向いて、ねーちゃんは俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。「ただ今は、飛び方を忘れただけ」さっきとは違う、ふわりとした笑顔を浮かべるねーちゃん。「ちゃんと飛べるよ、少年、君ならね」だから諦めるな、諦めちゃいけない。夕暮れだったはずなのに、あたりはもう真っ暗で、月がちらりと俺たちを見ていた。「ほら少年、一回ぐらいやってみな!」キーパーはこのねーちゃんがやってやる!俺はなんとなく、出来る気がした。(俺は鳥だ!)位置につくねーちゃんを確認したあと、ドリブルを初めて走る。いつもより体が軽い。風を裂きながら走っている感じだ。気が付けばねーちゃんがキーパーの体制になってた。だけど小さな隙があった。俺はそこに向かって、シュート!「ほら出来るだろ、少年」

「ねーちゃんも翼、あるんだろ?」ねーちゃんに手を引かれながら歩く。暖かい温もりが、手の平から伝わってくる。「んー…ないよ」にこ、いつもと変わらない笑顔。「ねーちゃんの翼は昔、折れちゃったんだ」うつ向くその顔は、どこか切なそうに見えた。「ああでも、そうだね。」「?」「私の翼はね、少年」君にあげたんだ。ねーちゃんはもう飛ばないし、飛べないからね。「だから少年、君はねーちゃんの代わりに羽ばたきなさい!」そう叫ぶねーちゃんの背中に、白い翼が見えた気がした。


















2007.06.27(次の試合で、俺は見事レギュラーを勝ちとったのだ!)