「うそつき」

無情にも響いた声、驚いたような顔をする少女。シャープペンが落ちる音、ただ切なく響く。「な、なに、どうしたの」君、困惑した顔良く似合うね。「別に」君が嫌いなだけだよ、小さくつぶやいて彼女の表情をちらりと見る。困惑した顔はどこかに消えて、楽しそうな笑顔だけがそこにはあった。(なんだ、つまらないの)歪んでいる。歪んでいるからこそのこの思いが膨れ膨れてはじけそうになる。

放課後学校に飽きるまで残って絵を描いている彼女、さん。それは特別うまいというわけではない。凡人以上と言ったところだろう。でも僕はそんな彼女の絵が好きだったりする。どことなく惹かれるものがあるのだ、その絵には。毎日のように学校に残っているので先生たちはいつも驚いている。(いい加減学習すればいいのに)学校といえども教室ではない。美術室でもない。図書室なのだ。さんは図書室が好きらしい。なんでかなんて、僕が知る筈もないけど。

さんが描いている絵は大体人物。あんまりうまくないからだれかなんてよくわからないけど。(なんて意地悪かな)お兄ちゃんを描いているところ見たことがある。太一さんだって、大輔くんだって、ヒカリちゃんだって。でも僕を描いているところを一度も見たことない。『モデルになって』という声がかかったこともない。(なんで僕を)ちなみにこの前描いていたのはお兄ちゃんだった。それもバンドで練習中の!

「ねえ、さん」「なんですかー?」視線も体もスケッチブックに向けたまま、さんは答えた。なんだか楽しそうだ。「僕、君のこと嫌いなんだよね」その台詞を聞いてか、さんはきょとんとした顔で僕を見た。でもすぐににへらと笑った。気が抜ける。「奇遇だね、わたしもなの」また視線をすぐスケッチブックに戻した。ねえ、さん。なんで僕を見ないの?なんで僕を描かないの?僕はこんなにも声をかけているのに。

ムカつく、ムカつく、ムカつく。お兄ちゃんとか太一さんとか大輔くんとかヒカリちゃんは描くでしょ?僕は?さんの中に僕はいないの?「・・・そういうところも嫌いだよ」「そりゃあどうもありがとう」にたり、今度はさっきと違ううすきみわるい笑顔で笑った。僕はあんまりさんが笑っているところを見たことがない。正直に言うと、今日見たのが初めてだと思う。初めて見た笑顔なのに、全然嬉しくない。「さん」「なに」「ムカつく」「そりゃー良かった」

ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく。さんと仲のいいヒカリちゃんや大輔くん、さんに優しくするお兄ちゃんも太一さんもきらい。みんなきらい。こんなこと考えてる僕もきらい。「さん」「なに?「やっぱり君のこと嫌いだよ。でも、」好き。さんはまたきょとんとした顔をした。「弱ったなあ」それからまた困ったような顔をしながら、少しだけ、笑った。




ねぇ




どうして







2007.09.30(僕は君を好きになってしまったの)