さらさらと日直日誌を綴っていく指先を、わたしはじっと見つめていた。お世辞じゃないけど、タケルくんの指は白い上に細くて長い。しかも爪の形まできれい。女のわたしが嫉妬するくらいである。わたしの木の節みたいな指と是非とも交換していただきたい。わたしは自分の指とタケルくんの指を見比べた。とてもじゃないけど、近いものが感じられない。「さん、そんなに見ないでよ」「あ、気に触った?」その言い方やめてよ、とタケルくんは笑った。「穴が空いたらどうしてくれるんですか?」今度は意地悪く笑った。

「タケルくんの指はきれいだね」思ったことをさらりと言ってしまった。それはもうさらりと。それでも恥ずかしさはなかった。「普通に言いましたね」「たしかに」さしてタケルくんは気にしていないようだった。どうでもいいという感じではなさそうだけど。「タケルくんってさー、モテるよね」好きな人とかいないの?わたしはまたさらりと聞いた。今度は意図的なわけだけど。タケルくんは一瞬だけだったけど、ぴたりと動きを止めた。(ああ、やっぱり)わたしは知らず知らずの内に納得していた。

「ええ、いますよ」予想していた答えが返ってきた。「ふうん」正直興味はわかなかった。だから誰を好きかなんて聞く必要はなかった。聞くつもりなんて毛頭なかったから。「興味なさそうですね」「駄目なの?」「…別に、そんなことはないですよ」ごめん、と言って笑えば、タケルくんも気にしていないように笑った。本心なのかはよくわからなかったけど。(そんな顔、しないでよ)「さんは」間をあけて。「お兄ちゃんと、お幸せに」「…ありがとう」タケルくんは笑った。それが本心なのか嘘で作り上げたものなのか、わたしは知らない。

その時、わたしの携帯が歌い出した。携帯のサブディスプレイには『ヤマト』と表示されている。「王子様のお迎え?」笑いながらタケルくんが言う。それはどこからどうみてもおかしい笑顔。「そうみたいだね」座っていた学校用の椅子から立ち上がり、鞄を掴む。「…さん。」「どうしたのタケルくん」「………、今日は中学校に呼んですみませんでした」「…気にしないで!」わたしは教室の扉に手をかけた。そのまま帰ろうかと思ったけど、思い直して扉を開けたままタケルくんのほうに向き直った。


「わたしはやめときなよ」それだけ言って、歩き出す。タケルくんの顔は見なかった。いや、できるなら茜色の光で見えなかったことにしていただきたい。「出来るなら、そうしてるよ」空いた扉の隙間から漏れた声。聞かなかったふりをして、わたしはヤマトがいる正門へと歩き出した。




背徳に